文平さんの旅2002

文平さんの旅2002(計画編)

Update:2002/06/16

日本縦断サイクリング達成!

2002年5月9日、沖縄(石垣)から稚内・宗谷岬まで、自転車による5年越しの日本縦断を達成しました。走行距離は4,011.39km、延べ51日間の長い旅でした。

仕事の関係で6回に分けて挑戦しましたが、
平成10年12月に沖縄(石垣)をスタートして沖縄本島を走り、
平成11年4月は九州縦断、
平成11年12月には山口、島根(出雲)、
平成12年4月は松江、鳥取、舞鶴、敦賀、石川(小松)、
平成13年4月は金沢、富山、新潟、山形、秋田と日本海側を北上しました。
そして今回は、4月27日に秋田空港を出発して、北海道、宗谷岬まで一気に走り、ゴールしました。

少年の頃の夢が実現できて本当にうれしいです。多くの方々に激励して頂き、感謝の気持ちで一杯です。本当に有難うございました。

それでは、今回の様子をお知らせします。

藤石 文平

平成14年4月27日(土) 晴れ。54.98km。

カラスの鳴き声で午前3:55に起床。伊達のI君に葉書を書く。6時過ぎに妻が運転する車で出発。JR大麻駅から輪行しJR札幌駅で乗換えJR新千歳空港駅に7時半前に到着。搭乗手続きをして、自転車を預ける誓約書にサイン。写真を撮って機内に入る。

8:40発のJAS081便はほぼ時刻通りに出発。機内はほぼ満席だ。天気は快晴、雪をかぶった羊蹄山が蝦夷富士らしく美しく聳えていた。洞爺湖、室蘭・白鳥大橋、函館の街を過ぎて北海道に別れを告げ、青森・大間、岩木山、白神山地、八郎潟干拓、男鹿半島と今回走るルートを鳥瞰し、9:35に秋田空港に到着した。

走行準備をして10:50に出発。昨年と違うルート・秋田エアポートラインを通って国道13号線に入り、「秋田仁井田サンクス」で草餅、餡ぱん、野菜ジュースの昼食を摂る。秋田の中心街に入って国道7号線に変わる。秋田港では「セリオン」の展望台を眺めながら休憩。

羽州街道を北上し、15:50に八郎潟町に到着する。駅と交番で旅館を尋ねるがどこも満杯(この連休を利用してブラックバスを釣ろうと全国から釣り客が集まっていて空いている宿がないとのこと)。警察官も連絡してくれて、どうにか夕食なしの宿が見つかる。ほっと一安心!。

16:30に旅館に到着。汗を流して夕食に出たが、開いている食堂が無いので、近くのフードセンターで夕食を購入し、部屋で夕食を摂る部屋にはストーブが無く、寒くなってきたので、もう一度風呂に入り、21:10に就寝。

平成14年4月28日(日) 晴れ。17℃。91.8km。

寒くて目が覚めたら、真夜中の2:55。小用をたして布団へ入ろうとするが、外が明るいので窓を開けると、晧晧と満月が輝いている。

4:50に起床。朝食の親子丼(えっ、朝から?)を食べ、出発前に旅館のおかみさんに写真を撮ってもらっていると、ご主人から「リコビタンD1」を頂いた。好意に感謝しつつ、6:25に出発。

大潟橋を渡って大潟村に入る。やはりブラック・バスの釣り客が多い。八郎潟は琵琶湖に次ぐ日本で二番目の湖だったが、昭和32年からの干拓により広大な水田地帯へと姿を変えた。 ずっと続く直線道路の両脇には菜の花が一面に咲き誇り、桜並木のピンクとのコントラストは、まるで美しい夢の世界に迷い込んだようだ。
北緯40度東経140度線の交会点のモニュメントを見て、大潟村を抜け、八竜町で国道7号線(国道101号線)に出る。

能代市に入って国道7号線に別れを告げ、国道101号線を走る。米代川に架かる能代大橋は向い風の長い登り。全力で登りきる。

八森町の「はたはた館」で休憩。売店のおばさんから「焼はたはた」を3本買う。秋田の名物である「はたはた」を焼いたものを食べるのは始めてで、おばさん達と話しながらゆっくりと味わう。

江戸時代に秋田藩と津軽藩を結ぶ重要な街道であった大間越街道を進み、「道の駅・はちもり」で「お殿水」を飲む。この水は白神山地から涌き出る名水で、お殿様も駕籠を停めて味わったというものだ。甘い感じで、利尻富士の甘露水を思い出す。水筒にもいっぱい詰めて出発する。

県境の須崎郷は白神山地の山並みが断崖となって落ち込んでいるところだが、意外と海岸線はなだらかだった。岬を14:15に通過する(ここまで77.81km)。穏やかな日本海を眺めながらのんびりと走る。

15:30に岩崎村のJR十二湖駅に到着し、駅前の民宿・白神荘に宿をとる。昨日から「白神春もみじまつり」が始まったというが、客は私一人!。17時過ぎ、ご主人に小型トラック!で10km先の温泉「ウェスパ椿山」まで案内して頂く。のどかなヨーロッパを思わせるとんがり屋根の建物のなかに、日本海へ突き出た露天風呂「展望風呂」が見えてくる。 風呂は地元の人で混んでいたが、海に面した窓を開放して夕陽をみながら味わうちょっと塩辛い温泉は、最高の気分!。

宿に帰って沈もうとする夕陽を撮る。西の海に沈もうとする太陽は世界を茜色に染めている。茜色に染められた国道101号線は「茜の路」と呼ばれるそうだが、世界遺産の白神山地を背景にして、美しく静かだった。太陽に手を合わせて明日の天気を祈る。

夕食はおかずが8品もついて美味しく、ご飯を4杯も食べてしまった。20時に自宅に電話して就寝。明日の天気が気になる。客は一人。

平成14年4月29日(月) 晴れ。17℃。94.86km。

4:55に起床。6時に朝食を摂り、6時45分に出発する。岩崎村は原始の森の姿を残す白神山地に抱かれ、毎年12月にはフィンランドからサンタクロース(ヨールキップ)がやってきて、夢のような時を過ごすという「サンタランド白神」を後に先に進む。

まもなく北前船の風待ち湊として栄えた深浦町に入り、美しい海岸線を見ながら走る。

9:30に千畳敷海岸に到着。ここまで39.14km。昔、殿様が千畳の畳を敷いて宴をやったという逸話が残っているが、広い岩棚の海岸だ。仙台からきたライダー3人と記念撮影。

10:50に鰺ヶ沢漁港に到着。ここまで56.52km。標高1,624mの岩木山が綺麗に見えた。町外れに焼きイカの店が並ぶ浮田の岩谷商店に立ち寄り、250円の焼きイカを食べる。うまかった。途中のローソンで肉まんを食べ腹ごしらえ。

内陸に入り、「こめ米ロード」(屏風山広域農道)を走る。快適な直線路だ。木造町、稲垣村を通って太宰治の出身地の金木町へ入る。15時前に太宰治記念館「斜陽館」に到着。ここまで94.56km。
斜陽館は明治40年に完成し、その2年後に太宰治が津軽屈指の大地主の6男として誕生した。彼の作品は純朴な津軽の風土と富裕な家庭環境に育まれた人の良さで、独特のユーモアとロマンに溢れていて、なんともいえない魅力があった。 「斜陽館」は敷地面積600坪の中に、1階11室154坪、2階8室100坪、他に米蔵、文庫蔵などがあり、周囲を取り巻く4mの高い塀と頑丈な門は当時の津島家(太宰の本名)の勢いをうかがわせる大邸宅だった。

斜陽館の方に紹介していただいた「金木温泉旅館」に16時過ぎに到着。自転車は玄関にいれてもらう。8畳間の広い部屋。料理も豪勢だった。明日会う予定の福田先生に連絡して21時に就寝。明日の天気がちょっと気になる。

平成14年4月30日(火) 雨。17℃。51.6km。

5時に起床。6時に朝食を摂る。雨装備で7時50分に出発する。今日は青森までの約50kmを走る。
国道339号線に並行して続く「こめ米ロード」(五所川原広域農道)を走る。意外と車が多い。8:40にローソンに寄り、オレンジジュースを買いながら店長に道路状況等を尋ねる。 雨が酷くなってきたが真っ直ぐに南下し、9時25分に国道101号線に出る。

10:00、「狼野長根公園」近くのJAごしょがわら市消費者利用交通施設「わなと」に寄り、暖めたアップルパイでエネルギー(カロリー)を補給する。美味い!。熱いお茶が雨で冷えた体に染み込んで温まっていく。津軽のりんごや特産品について話を聞きながら、熱いお茶を楽しむ。10:30に出発。

大釈迦で国道7号線(羽州街道)に入る。鶴ヶ坂のサークルKでもアンマンを食べて元気を出す。

12:30、三内丸山遺跡に到着。ここまで41.25km。まだ雨が降り続いている。昼食に熱い「じょうもんイノシシラーメン」を注文する。遺跡見学にきていた小学生達と一緒に記念撮影し、 13時からボランティアの方に案内して頂いて遺跡を見学する。平成4年、県総合運動公園整備の事前準備として埋蔵文化財発掘調査を行ったが、発掘調査が進むに連れて土器が次々に発見され、1,500年前の日本最大の縄文集落跡であることが明らかになったことから、野球場建設を中止して遺跡の保存・活用が決定されたそうだ。 38haに及ぶ遺跡ゾーンを傘をさしながら見学して回る。展示室、体験学習室にも行ったが、ビデオのコーナーでは、つい居眠りしてしまった。

14:50に出発。雨はあがっていた。
16時に「棟方志功記念館」に到着。青森が生んだ世界に誇る板画家・棟方志功画伯の文化勲章受賞(昭和45年)を記念して、昭和50年に竣工・開館した校倉創りの建物だ。いろいろな作品が展示されているが、エネルギッシュな板画を見れて幸せ一杯だ。

16:30に今日の宿「はくちょう会館」に到着する。まずは自転車を綺麗に清掃する。ぐっしょり濡れた靴や靴下はお風呂で洗う。
18時に福田先生が迎えにこられ、奥さまの運転でみちのく料理「西村」に案内される。まずは20年ぶりの再会をビールで祝う。当時、北海道教育委員会文化課に奉職されていた福田先生には、羅臼高校改築の際の埋蔵文化財調査でお世話になったが、生まれ故郷の青森に転勤されてからずっとお会いしていないので、多いに盛り上がり、毎晩20時に約束している妻への電話を忘れるほどだった。21時に散会し、ハイヤーで宿へ帰る。

平成14年5月1日(水) 晴れ。97.98km。

4:40に鳥の鳴き声で起床。体調はいまいちだが、出発に障るほどではない。
7:25に出発。靴はまだ乾いていなかったので、靴下のうえにビニールの袋を履いて足を入れる。いよいよ国道4号線だ。

トンネルを二つ抜けて青森の奥座敷である浅虫温泉に到着。8:45に「道の駅・ゆ〜さ浅虫」で休憩。ここまで14.19km。

9:10に出発。二日酔い?だろうか体が重く力が入らない。途中のコンビニでおにぎりとジュースをで元気をつける。
奥羽街道は道幅が狭く、アップダウンも多い。

10:25に平内町清水川で道路の段差に転ぶ。体調不良がこのようなかたちで現れる。いまひとつ集中できていないためだろうか。ハンドルカバーも切れた。
肘にカットバンを2枚貼って出発。気合を入れて走らないと事故につながるぞ。

11:10に野辺地に到着。ここから陸奥湾そいに国道279号線(むつはまなすライン)を北上する。途中の「ヨコハマ物産」という砂利採取現場でトイレを借りる。 女子事務員が親切に大間までの地図をコピーして説明してくれた。こういう優しさが心にしみる。

13:35に「道の駅・よこはま菜の花プラザ」で休憩。
14:10にむつ市街に入る。
16:10に今日の宿・民宿中村の到着。客は私一人のようだ。1階の食堂での夕食は、マグロ、エビ、イカ、ツブ、ホヤ、タコ等の海の幸を中心に、精一杯の真心と優しいもてなしに溢れていた。身も心も大満足!。 テレビで恐山の山開きを放映していたので、しばしその話題で盛り上がる。

20:15に就寝。いよいよ明日は北海道へ渡る!。

平成14年5月2日(木) 晴れ。65.15km。

3:50にストーブを入れ、4時過ぎに起床。外は次第に明るくなってくる。いよいよ今日は北海道入りだ。頑張ろう!。5:50に朝食。

6:10に出発。山坂の多い道で、指先が痛くなる。大畑町を過ぎると木野部峠。どうにか登りきる。北に伸びる長い海岸線を一望できる公園(多分、「桑畑ゆとりの駐車帯」ですね)に駐車していたトラックのドライバーに聞くと、奥に見える山は北海道の恵山とのこと。北海道のすぐそばまで来ていることを実感する。10分ほど休憩して出発。

津軽海峡越しに北海道を見ながら走る。風間浦村に入り、何かパチパチという音がする。強い風に砂が舞ってヘルメットにぶつかっている音だ。「熊に注意!」の看板あり。ツキノワグマ?。ついスピードが速くなる。

8:45 大間崎に到着。ここまで46.8km。「ここ本州最北の地」の碑前で記念写真を撮り、生ウニ(ムラサキウニ)を買って食べる。観光案内所で「本州最北端大間崎到着証明書」(北緯41.32、東経140.55)を購入。

10:43 大間港(フェリー発着所)に到着。11:30定刻に「ばあゆ」号が出発。波は穏やかで滑るように進む。ラウンジで埼玉から車で北海道へ向うご夫婦と歓談する。2週間の休みはなかなかもらえるもんじゃないよ!。

13:10 函館港に到着。電話でホテルを予約する。阿部宅にも電話して、夕方墓参りへ行くことにする。

15:40 本日の宿・「ゆうりぞうと湯川」に到着。風呂に入り、着替えてタクシーで安部宅へと向う。安部宅では奥さんが元気で迎えてくれ、昨年82歳で無くなった明先生の仏前にお参りした。 昭和41年、網走教育局に主席指導主事として着任してからの付き合いで、斜里岳登山なども一緒させてもらった。その後、渡島館内の小中学校長をされたが、何回も遊びに行ってお世話になったものだ。 叙勲を含めた昔話に話しを咲かせて、18時にお別れした。

宿に帰り、秋田のご夫婦とビールを傾けながら夕食をご一緒した。自宅へ電話して22時に就寝。

平成14年5月3日(金) 晴れのち曇り。108.9km。

5:20に起床。7:30に出発。8:00に国道5号線に出るが、連休で混雑している。

12時過ぎ、「道の駅・YOU遊もり」で休憩。丁度桜祭りの真っ最中で、多くの人が集まっている。桜は満開、遠くに駒ヶ岳(標高1,131m)が美しく聳えていた。

16:30、長万部交番で旅館を尋ね、4軒目でOKとなる。宿(どうも、牛ちゃんがツーリング・ド・北海道2で泊まった宿と同じようだ)は夕食なしだったので、近くのコンビニで「豚の焼肉丼」や野菜サラダなどを買ってきてすませる。 明日は雨の予報。21:15に就寝。

平成14年5月4日(土) 雨のち曇り。88.64km。

4:45に起床。雨だ。TVの天気予報でも、一日雨が続くとのこと。昨夜購入していた長万部名物の「カニめし」で朝食。カニのほかにホタテ、コンブ、エンド豆が入っていて、すごく美味しかった。

7:20 雨装備で出発。途中のコンビニで熱いコーヒーを飲んで元気をつける。すぐに国道37号線(230号線)にでる。

9:00 礼文華トンネル(全長1,331m)を通過する。静狩峠、礼文華峠は低く垂れ込めた雨雲に隠れてみえない。

11:50 桜が満開の「有珠善光寺」に寄って参拝。雨は次第に小振りになってくる。12時に出発。頭が痛い(風邪?)。
伊達市街に入り、目標の伊達高校を探す。13時に川原イト家に到着。ここまで60.28km。45年振りの再会だ。ずぶ濡れの服を脱ぎ、素足であがる。焼きソバをご馳走になりながら、網走向陽高校時代の話しの花が咲く。イト先生の受勲を祝う会がホテルであるので14:30に別れを告げる。 16:00 東室蘭駅に到着し、そこで今日の宿を探す。駅から宿へ走る途中で転倒した。疲れが溜まってきているのだろう。

17:10 民宿に到着。本日の走行距離は88.64km。荷物を整理していてウェストバッグに入れておいた日程等のメモがない。確か、川原家で見たのが最後だと思い、伊達へ電話する。すぐにイト先生が応答され、メモもあることが確認できた。 メモはイト先生がタクシーで東室蘭駅まで持ってきていただいたが、メモを受け取るときには涙がこぼれてきた。
確認することの大切さ、そして細心の注意を払うことの重要さを痛感させられた一日だった。

今日もコンビニで弁当を買い、部屋で食べる。風呂のあとは、濡れた服を洗濯。そして相棒も洗車。気分を一新して明日から走るぞ。23時過ぎに就寝。

平成14年5月5日(日) 晴れ。141.5km。

6:40に出発。道路は国道36号線。登別では海霧が立ち込め、車が多い。白老、苫小牧と太平洋ベルト地帯を頑張った。しかし千歳に入り向い風となる。風に悩まされながら恵庭、北広島を抜けて、北海道の首都・札幌に入った。

17:00 道庁着。ここまで125km。記念撮影をして出発。国道12号線で自宅を目指す。

19:15 江別大麻の自宅に到着。久々の我が家はリラックスできる。明日の準備をして22時に就寝。

平成14年5月6日(月) 晴れ。98.76km。

自宅を7:10に出発した。国道12号線を通り、11:05美幌の菅原自転車店に到着。車体を点検してもらう。

滝川から空知国道・国道275号線に入る。雄大な空知街道、遠くには雪を抱いた山々が見え、快適にペダルをこいだ。
雨滝町のコンビニで昼食を購入した時に店長からホテルを紹介してもらい予約する。

16:20 ひまわりの町・北竜町サンフラワーパークホテルに到着。風呂に入って汗を流した後も、一昨日、室蘭で転んで打った手足が痛みだしてきた。 薬を塗っても痛みが止まらない。特に右の膝が痛い。不安を抱えながら21時に就寝。

平成14年5月7日(火) 晴れ。106.94km。

4:10 車の音で目が覚める。東の空は茜色、西の空には三日月が残っていた。足の痛みは少し治まっている。一安心。4:32 東の空に真っ赤な太陽が昇ってくる。

5:35 守衛さんに門を空けてもらってちょっと早めの出発。碧水のコンビニで赤飯むすび、あんまんで朝食を摂る。道は深川国道・国道233号線に変わる。美葉牛峠を越えて留萌に入る。

8:33 留萌港に到着。左には暑寒別の山々があり、日本海は大きく、穏やかで、優しく包んでくれるようだった。道は天売国道・国道232号線に変わる。

9:55 国指定の重要文化財・花田ニシン番屋に到着。休憩し、鬼鹿の右山を上り、赤坂さんが勤務している小平高等養護学校に到着。60.65km。 事務主任の赤坂さんは今春中標津高等養護学校から転勤してきたが、日高教育局時代からの友人だ。事務長、事務の皆さんに挨拶して、校舎を案内してもらい、車で鬼鹿港町の「なぎさ」まででて昼食を摂る。 なぎさ寿司丼(イクラ、ウニ、ホタテ)はご主人が自慢するだけあって最高に美味かった。

オロロンラインを北上し苫前町に入る。海の彼方に天売島、焼尻島が霞んで見えてくる。羽幌町に近づくにつれて島々がはっきりと見えてくる。

15:30 初山別村役場で旅館を尋ねる。係長が親切に電話して決めてくれた。

15:50 岩手屋旅館に到着。明日の宿「宗谷パレス」を予約する。夕食は食べきれないくらい多い。21時に就寝。

平成14年5月8日(水) 晴れ。107.55km。

3:22 車の音と寒さで目が覚める。ストーブを点けてまた寝る。これが北海道だ。鳥の鳴き声で目が覚めると少しずつ明るくなっている。

4:00 起床。庭の水仙は満開でチューリップはまだ蕾。6:25に朝食を摂り、6:40に出発。

すぐに小高い丘になり、登りきると「みさき台公園」。日本海を一望でき、右手に有名な「しょさんべつ天文台」、洋上には利尻富士が見えてきた。思い切り空気を胸一杯吸う。実に美味しい。

8:15に遠別の「道の駅・富士見」で小休止し、9:25に天塩の川口に到着。ここまで40.46km。ここから稚内まではガソリンスタンドも食料品店もない。コンビニでおにぎりを食べ、餅とバナナも購入する。10:15に出発。稚内天塩線・道道・106号線となる。

10:45に天塩川(全長156km、北海道第二位)橋を渡る。橋は長く、向い風。ダンプのはねる砂利が顔にあたる。幌延町に入る、46.71km。

海に浮かぶ利尻富士を眺めながら進む。以前走った北海道渕回りと同じコースだが、あの時は50m先も見えないガスの中を通り、時々ダンプがスピードを出して走り抜けていき、驚いたものだ。今日は晴天で見通しが良いので状況の把握ができた。ダンプが砂利をあちこちの集積所の忙しく運んでいた。
直線道路の彼方に1点が現われると逃げ水の上をゆらゆらと通り、だんだんと近づいてくる。砂利を満載したダンプだ。1日のノルマを果たすためか猛スピードで通り過ぎていく。民家は一軒も無い。タンポポが道の両側に咲いていて、黄色の絨毯の上を優しく走らせてくれて、まるでメルヘンの世界にいるようだった。牧草畑が点在してあり、タンポポの黄色が一段と鮮やかに見えた。

12時過ぎ、豊富町入口のレストハウス砂丘林で休憩。右手に広がるサロベツ原野。初夏には約2万3千haの湿原に100種類以上の花々が地平線まで咲き乱れ、多くの観光客を楽しませてくれるそうだ。 GWが過ぎた今日は、私一人だけを本当に心から歓迎してくれているようだった。

15:30 稚内「こうほねの家」で休憩。すぐに出発するが向い風が強くなってくる。

16:00 抜海岬を通り、稚内富士見の「宗谷パレス」に無事到着。旅館のおかみに旅行の話しをしたところ、すぐに稚内市役所に電話して、私の日本縦断サイクリング旅行を宣伝してくれ、明朝9時に市役所広報係に行くことになった。部屋も清潔だし、女将の真心一杯のもてなしが伝わってきて本当にうれしかった。長い旅の最後の夜にふさわしい宿だ。ゆっくりと温泉につかりながら眺める利尻富士も最高だった!。 夕食は8品もでて美味しかった。21時に就寝。いよいよ明日はゴールだ。眠れるかな?。

平成14年5月9日(木) 晴れ。79.24km。

4:25に起床。風がほとんどない。風の稚内では考えられないことだ。今回の長い旅の最後の日を祝ってのことだろうか?。6:50に朝食を摂り、7:25に出発。

抜海港線・道道254号線を走り、7:35にノシャップ岬に到着。秀峰利尻富士が一段と美しく見えた。急坂の上にある稚内公園に自転車を押して登り、公園を代表する氷雪の門の前からサハリンを見たが、はっきりしなかった。

8:35 世界遺産に指定された稚内港北防波堤ドーム到着。強風と荒波を防ぐ全長427mの世界でも珍しい半アーチ形ドーム、円柱70本の柱廊風のゴシック建築を模した重厚なデザインで、古代ローマ建築を思わせる曲線回廊は見事だった。

8:48 稚内市役所に到着。ここまで11.43km。広報担当の佐藤係長に会う。今回の行程等について話をして9:30に市役所を出発。日本最北端・宗谷岬を目指して走る。途中で2回市役所の職員に写真を撮られた。

10:58 日本最北端・宗谷岬にゴール!。42.74km。北緯45度31分の「日本最北端の地」を標する碑の前で記念写真を撮った。 最北観光売店で到着証明書を購入後、稚内めざして出発。

稚内市役所の佐藤係長にお礼をしたあと、しばらく稚内市内を観光。

15:40 日本最北端の駅・稚内駅に到着.自転車をばらして輪行袋にパックする。16:53発特急スーパー4号に乗車。車窓から西の空に沈んでいく太陽に手を合わせ、旅行が無事に終わったことに感謝した。

22時すぎに大麻の自宅に到着。妻に感謝し、旅のゴールをビールで乾杯した。

日本縦断達成!。


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