灯台の写真を撮るっ旅・対馬

Date:2004/05/21〜23

西泊湾導灯(後灯)から写した比田勝港、フェリー・あがたです。

博多港を深夜の23時に出港し、翌日の4時半に比田勝港に入港しました。

7時まではフェリー・あがの船内で休憩することができます。

比田勝港入口から見た比田勝港フェリーターミナル

西泊湾導灯(前灯)と西泊湾導灯(後灯)のツーショット。

左下に見えるのが、行く手を阻む砕石場です。
西泊湾導灯(前灯)と比田勝港雷埼灯台のツーショットです。

実は、偶然に比田勝港雷埼灯台が写っていただけなのですが、比田勝港雷埼灯台は比田勝港入口北側にあって、2万5千分1地形図の掲載場所とは異なっていました。
舌埼灯台へ続く道端で見つけたアザミの花です。

たまには、こういう写真も良いでしょう。
韓国風の建物の韓国展望所です。

空気が澄んでいれば海栗島の後方に韓国・釜山市の街並みが見えるそうです。街並みまでは見えませんでしたが、山並みは十分に見ることができました。
韓国展望所からみた海栗島(うにしま)です。

対馬の最北端にある海栗島(うにしま)は、美味しいウニが採れることでこの名前が付いているそうです。今は航空自衛隊のレーダー施設があります。

近くには、戦艦「長門」の主砲と同じ大砲を設置したという豊砲台跡があります。
国境の島・対馬には、いたるところに砲台跡がありました。
佐須奈港入口東側の向番瀬に建つ「佐須奈港口灯標」です。

対馬は海の幸だけでなく山の幸も豊富で、この近くで「タラの芽」をいっぱい採ることができました。
日本最北西端の碑(釜山市まで49.5km)

対馬棹尾埼灯台が建つ棹崎(さおざき)公園には、展望台やキャンプ場、対馬野生生物保護センターなどが整備されていますが、ここに辿り着くまでの急坂の連続は、自転車にはほとんど不可能に思えます。

対馬の道は、「人吉の山中(峡谷)を走っていると突然海が現れる」イメージです。対馬は海岸線から険しい山が立ち上がっており、小さな漁港を細い急峻な山道が繋いでいます。 急峻な山々は、杉や檜の植林や観光開発を阻み、そのため自然の広葉樹林が広がっています。広葉樹林は海も守り、対馬は山の幸/海の幸がいっぱいです。

こんなところで暮らしてみたいなっと感じました。
対馬を走っていると蝶々を良く見かけます。

対馬の自然は、蝶々の宝庫でもあるようです。
三根港新埼灯台(三根港新埼の先端)の近くでは、漁師さんたちが力を合わせてもずくを採っていました。

拡大写真

三根の狩尾地区から干潮の海岸線を辿って、三根港新埼の先端に到着しました。

三根港新埼の先端から狩尾地区方面を振り返った写真です。
>万関瀬戸西口灯台です。

万関瀬戸は明治33年に旧日本海軍が艦船を通すために掘った人工の水道で、今でも重要な役割を果たしています。
郷埼灯台に続く海岸線です。郷埼灯台は、この岩場を抜けた先にあります。

尾崎漁港から、石ころの多い細い山道を経て、この海岸線に到着しました。 4輪駆動の車だと比較的楽に辿り着けると思いますが、車高の低い車だと途中でデポして徒歩で進むことになるいでしょうね。

付近の山々には、「ツシマヤマネコ」や「ツシマジカ」が生息しているようです。
対馬でも椎根地方だけに残る石屋根の倉庫は、対馬で産出される板状の石で屋根をひいた高床式の建物で、日本ではこの地方だけに見られる珍しい建築物だそうです。

初めて見ましたが、ちょっぴり得した気分です。
瓦屋根の倉庫と石屋根の倉庫が並んでいます。

昔は、ず〜っと石屋根の倉庫が並んでいたのでしょうね。
鋭く海に切れ込む豆酸埼(つつさき)の岬の先に、豆酸埼ミョー瀬照射灯がありました。

岬が海に沈んでいくところは、北海道のえりも岬を思い起こさせる風景です。
厳原港を出港したフェリー・ニューつしまから撮影した厳原港外防波堤灯台と耶良埼灯台のツーショットです。
途中で寄航した郷ノ浦港です。
博多〜壱岐〜対馬を高速で結ぶジェットフォイル・ヴィーナスと壱岐・海豚埼灯台のツ−ショットです。
復路のフェリー・ニューつしまの船上から撮影した夕暮れの烏帽子島灯台です。

この写真を撮ることが出来たのは、すごくラッキーでした。

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