関東ポタリング

金沢文庫(1)金沢文庫(2)房総半島水戸街道日本海を見たい深川・千住散策思い出のスナップ

□金沢文庫へ行った(1)
'98.8.16(土)の夕方に1時間程、ペダル(BP)のグリスアップ・注油後の試走を兼ねて金沢文庫、称名寺までひとっ走り。 昼間の温度は35℃を超えていたが、夕方になると幾分か過ごしやすくなって、走ってみようかなっ・・という気分も湧いてきた。

金沢文庫という地名はずっと依然から耳にしていたが、昔の図書館?・・っという程度であえて出掛けてみようとは思っていなかった。 たまたま、称名寺や金沢文庫をめぐるハイキングの広告が電車の中ででゆれており、その称名寺の写真に興味を引かれたのだ。 単身赴任での残り少ない横浜暮らしを考えると、そろそろ行っておいたほうがいいかなっ・・という考えもあったのだが!。

称名寺は赤門と赤い橋が印象的な穏やかなお寺だった。近くのおばーちゃんや子供達がのんびりとくつろいでいる。 夕暮れが近くなったのんびりとした風景、空間・・・・.そんな光景も良いですね!。

私の興味を引いたのはどちらかというと金沢文庫だった。丁度その日が休館日で中にはいることはできなかったが、 広重の「東海道五十三次」等も展示されているようで、旅が好きな私の興味をかきたてた。今度、時間を見ていってみたいと思っている。

□金沢文庫へ行った(2)
'98.8.23(日) 17時半頃〜 約1時間

タイヤ交換、リア・ディレイラーのワイヤ交換、ペダルのグリスアップ・注油後の試走を兼ねて、2週連続で金沢文庫までひとっ走り。 今日も、昼間の温度は35℃を超えていたので、17時半近くなって出発。

まずは、ゆっくりとリア・フリーの噛み合わせをチェック。大きな問題はなく、まずは一安心。 交通量が少なくなったところで、全ギアへの切替えを繰り返し、再度噛み合わせを確認する。 噛み合わせはおおむね良好だが、チェーンが1枚上のギアと接触しており、少しチェンジ・レバーを少し動かすだけで、 簡単に1枚上のギアにチェンジしてしまう。ワイヤを少し張りすぎているようだ。 停車して、リア・ディレイラのアジャスト・ナットを調整し、様子を見る。 うむ・・うむ・・、うまくいったようだ。チェンジ・レバーを少し動かしてもギアチェンジすることはなくなった。 他ギアとの接触音も無くなったようだ。
トップギアでは、まだ2枚目のギアとチェーンが接触しているようだが、ツーリングでは、下りを除いてトップギアを使用することはないし、 これ以上調整できるスキルも無いので、これで良しとする。ワイヤが伸びれば良くなるかもしれないし・・・・。
昨日まで調整がうまく行かずに、リア・ディレイラの購入・交換まで考えていたことを思えば、トップギア1枚が少し接触するくらい何でも無い。 このままにして,しばらく様子をみることにする。リア・フリーの話しばかりになったが,交換したタイヤ(パセーラ・ツアーガード)も結構良いフィーリングを得た。

話しは変わるが,金沢文庫は明治維新に大きな影響を与えた場所で,明治憲法の草案が作成された舞台ともなっている。 舞台といっても海辺のただの旅館なのだが,そこで若き伊藤博文らが,欧米に追いつきたいという気概を持って憲法の草案を練ったそうだ。 近くの琵琶島(神社)にも立ち寄る.今は海岸も汚れているが,その頃は白波が打ち寄せるきれいな海辺だったにちがいない。

帰りに伊藤博文の記念碑を探しに「野島公園」まで足をのばしたが,残念ながら発見できず。また機会があれば訪れてみたい・・っと思っていたが転勤によりその機会がなくなって?しまった。

□房総半島を走った('98.9.20〜9.21)
秋の房総半島を鴨川、九十九里浜、銚子と太平洋沿いに北上し、大洗・水戸へと抜ける予定でしたが、2日目が豪雨となっためツーリングを途中で断念せざるを得ませんでした。

'98.9.20(土) 1日目。久里浜←フェリー→浜金谷〜鴨川〜九十久里浜(野栄)
5時10分 起床。天気は晴れ。
5時30分 自宅を出発。ツーリングの準備は昨夜終了している。
5時35分 京浜急行・富岡駅に到着。早速輪行の準備をする。
5時49分 京浜急行に乗車。金沢文庫駅で特急・三崎口行きに乗換える。
6時20分 久里浜駅に到着。早速走行準備をして出発。
6時35分 久里浜港に到着。待合所はゴルフの客で一杯だ。フェリー料金は720円。
6時50分 金谷行きの東京湾フェリーが出発。船内で朝食を摂るが、船内はゴルフ専用船の様相を呈している。
7時30分 金谷港に到着。港にはゴルフ客待ちのマイクロバスが一杯です。
7時40分 ツーリング開始。出発時のメーターは1.5km。 東京湾沿いに国道127号線を南下すると、すぐ左手に鋸山が見えめるが今回はパスして、保田(約6.5km地点)から県道34号線へと折れ房総半島を横断する。次第に上り坂になって行く。
8時15分 横根峠(標高150m)に到着。ここまで約14km。ここが最高地点かと思っていたが、下ったと思ったらまた次ぎに峠が待っていた。
県道34号線を走り坂東で天津小湊田原線に入り鴨川市街をバイパスする。坂下で国道128号線に合流し海岸沿いに北上する。
ここからは海岸沿いのアップ/ダウンの繰り返しだ。勝浦,御宿をさりげなく通過。
11時30分 大原町の熊野神社で昼食&昼寝。ここまで約72km。睡眠不足のためしばし爆睡!。
13時00分 出発。結構向い風が強くなってきた。鳴山から九十九里ビーチライン沿いに続くサイクリング・ロードを走行する。 単調なツーリングで眠くなってくる(退屈するとツーリング中でも結構眠くなってくるものです)。
13時50分 国民宿舎・一の宮荘の近くでパンクする。罵声をあげながらパンク修理。でも、あっと言う間に修理完了。
14時00分 出発。途中の松原のベンチで小休止。
16時45分 国民宿舎・のさか望洋荘に到着。本日の走行距離は約130km。午後から向い風が強くて結構疲れました。 でも、鳴山から国道128号線を離れて、サイクリング・ロードをのんびりと走ることができました。
一人淋しく夕食を摂った後、パンク修理。久々のツーリングに疲れ、ストレッチをしながら寝込んでしまいました。

'98.9.21(日) 2日目。久里浜九十久里浜(野栄)〜銚子
5時過ぎ 起床。曇ってはいるが雨は降っていない。ラッキー!。出発準備を終えて外を見たら雨が降っている。
6時に予定していた出発時間を延期して様子を見ることにする。
6時50分 雨が止んだのを見て出発しようとチェックアウトしたところ、また小雨が降り始めている。天気回復待ちをあきらめて出発。雨が強くなったため途中で雨装備とする。 下永井で海岸を離れて左折し丘の上の国道126号線にでる。次第に雨が強くなる。
8時40分 犬吠崎に到着。ここまで約32km。犬吠崎灯台付近を散策し記念撮影。
9時00分 早々に出発。ここの砂浜は学生時代にクラブの合宿をした場所なので、すごく懐かしい。でも、雨は次第に強くなり、ついにはどしゃ降り!!。ツーリング中止を決断しJR銚子駅へと向かう。
9時30分 JR銚子駅に到着。ここまで約41km。輪行準備。
10時37分 千葉行きの各駅停車に乗車。車内で駅弁とビールで昼食。雨に降られた後は靴が乾かずに困る。 靴を乾かすためスポーツ新聞を購入し、丸めて靴に突っ込むと少しは乾きが早くなりますよ!。
14時30分 自宅に到着。
雨の中のツーリングは帰り着いた後の手入れが大変です。特に今回は海岸沿いのツーリングだったため、入念に手入れをしました。
今回は大洗あたりまで行きたかったのですが・・・・、残念でした!。

□水戸街道(国道6号線。'97.6.22)
日本一周の一環として茨城県の県庁所在地である水戸市まで走ってみました。出発地は日本橋で走行予定距離は120km弱です。
4時40分 起床。小雨が降っている。昨夜の天気予報では曇りだったのだが・・・・。
5時00分 雨装備で出発。JR京浜東北線の新杉田駅まで走り、そこから輪行する。
5時29分 大宮行きに乗車。車内は空いている。外は雨が降り続いている。
6時22分 東京駅に到着。駅内で朝食を摂って時間をつぶし。八重洲口へ出て走行準備をするが、まだ小雨が降っている。
7時00分 晴れそうにないので雨装備で小雨の中を出発する。日本橋を出発点として国道6号線(水戸街道)を走り、言問橋を渡り向島へ出て交差点を左折する。 晴れていれば「葛飾柴又帝釈天」や「矢切の渡し」等に寄るつもりだったが、雨の中ではそういう気持ちにもならず、もくもくと距離を稼ぐ。 次第に雨が上がってくる。うれし〜い!。雨の中の走行は濡れる、汚れる、後の手入れが大変等、慣れてもいやなもんだ。
8時40分 柏市の吉野公園で休憩し雨具を脱ぐ。ここまで約32km。ついでにトイレタイム。
9時00分 出発。水たまりが残っている、とりたてて特徴の無い道を淡々と走る。
11時30分 土浦のコンビニで食料を買い込み、近くの公園(ほんとうは庭石の保管場)で昼食を摂る。ここまで約82km。
12時15分 出発。茨城町バイパスを過ぎて左手へ折れて水戸市街を目指す。左手に水戸偕楽園が見えてくるが、これまで何回も来たことが有るので今回はパス。 千波湖岸に出てクールダウン。千波大橋を渡ればまもなくJR水戸駅に到着する。
14時05分 JR水戸駅に到着、ここまで約120km。
14時40分 駅前で輪行の準備をして「ひたち118号」に乗車し帰途に着く。

今日の天気が「雨のち曇りたまに晴れ」というはっきりしない天気だったため、 ルート途中であちこちに寄る気分になれず、中身の薄いレポートになってしまいました。ごめんなさい。m(-_-)m。 なお、このルートはほとんどアップ/ダウンもなく走り易かったということを付け加えておきます。

□日本海を見たい(高崎〜軽井沢〜長野〜上越)
急に日本海を見たくなり高崎から長野を経て上越(直江津)まで走ってみました。以前走ったことがある高崎までは上越新幹線で輪行しました。

1日目 '98.5.17(土)
4時40分 起床して5時前には自宅を出発(ツーリングの準備は前夜にすべて終了させています)。 東京から高崎まで上越新幹線を使い高崎駅に着いたのは7時30分でした。 朝食は新幹線の中で済ませておいたので、駅前で早速走行準備&ストレッチをして、8時10分に出発しました。天候は曇り。
9時50分 碓氷関所跡に到着。ここまで約33kmで標高差約270mのゆるやかな上り坂が続きました。この頃は長野新幹線が開通する前だったので、JR信越本線の横川駅も峠の釜飯もそのまま残っていました。 関所跡で写真撮影&休憩&トイレ。このころから次第に晴れ間が多くなってきました。
10時05分 出発。これからが本格的な登りが続きます。碓氷関所跡が標高370mで碓氷峠956m。15kmで標高差590mの登りです。 碓氷関所跡を出てしばらくは真っ直ぐな直線が続きます。右手にカーブしていよいよ登り開始です。 このルートは木立の日陰が多くて坂もなだらかに造られており車も少ないので、景色を眺め鳥の鳴き声を聴きながら比較的楽に登ることができます。 途中で旧信越本線の線路跡(橋跡)を見ることが出来ました。
11時30分 碓氷峠到着し記念撮影。ここまで約48km。このころには結構日差しが強くなり、向い風となっていました。でも、初日の難関はクリアです。これから長野までゆるやかな下りが続く(はず)です。 碓氷峠から軽井沢へゆっくりと下り、道路沿いのコンビニで昼食を購入。
12時05分 道路沿いの神社で食事を摂り、そこで長野市内に今夜の宿を予約。ここまで約54km。
13時00分 出発。次第に向い風が強くなってきました。
14時45分 上田城跡到着。ここまで約91km。ここの標高は約500m。ここでのんびりと公園のベンチで昼寝。城内の陸上競技場では学生の競技大会が開催されていました。
15時35分 出発。向い風がますます強くなり距離が伸びず。
18時05分 長野市内のビジネスホテルに到着。ここまで約127km。
碓氷峠から西風が吹いていたが、上田を過ぎる頃から向い風が強くなり、最後はボロボロ!。午後からは日差しが強くなり結構日焼けしている。 明日は善光寺にお参りして日本海を目指す。天気予報は「晴れ」。

2日目 '98.5.18(日)
5時00分 起床.外は快晴です.
5時40分 ホテルを出発し善光寺に向う。
善光寺では、たまたま朝早くから??法要が行われていたので、遠くから参拝し出発。
今日は坂中峠(標高817m)を越えて野尻湖へ抜け、北国街道を通って上越(直江津)へと向います。
長野市街のコンビニで朝食を購入し、いよいよ坂中峠までの登り坂です。
長野市街の標高が約350mなので、約10kmで470mの登りです。小さなカーブが多く、次第に通る車が少なくなってきます。
6時50分 やっと坂中峠に到着、ここまで約11.5km。すぐに出発し野尻湖へと向うが、この後もしばらくは高原の登り/下りの繰り返しです。左手に黒姫山が見えてくると野尻湖はもうすぐ。JR信越本線を超えて国道18号線に入る頃から次第に日差しが強くなってきた。
8時10分 野尻湖に到着、ここまで約31km。湖岸のベンチで朝食を摂り、しばし腰を伸ばして休憩したが、風があるため日陰だと寒いくらいに感じました。野尻湖はバスねらいの釣り人(子供)がいっぱい。
8時40分 出発。
登って下ると関川の関所跡に到着し、そこで記念撮影して小休止。その後は下り/追い風のダブル・ラッキーでペダルをふまずに距離を稼ぐ。 爽やかな高原の新緑がさわやかだ!。上越市に入る頃から西風に変わってくる。
10時35分 直江津港に到着。休憩する場所が無いため関川を渡って海岸沿いの「船見公園」へと移動する。
今日は晴天だが西風が強く海面は白く波立っています。残念ながら佐渡ケ島は見えませんでした。
荒天の時の波風はきっとものすごいのだろう。「荒海や空に横たう天の川」という句が実感として浮かんできました。

しばし休憩した後、JR直江津駅から輪行して家路に向う。本日の走行距離は約80km、トータルで約210kmのツーリングでした。
お土産は直江津名物「笹もち」。帰りの車窓から見える妙高高原の新緑が輝いていました。

□深川・千住散策「'98/12/6(日)&12/12(土)」
奥州街道を旅して松尾芭蕉に興味を持ちました。奥州路は「奥の細道」の舞台であり、行く先々で松尾芭蕉の足跡を見て、 さすらい人として次第に興味を持つようになったというところでしょう。冬のツーリング・オフシーズンに、つれづれなるままに松尾芭蕉の江戸の住処であった深川、また「奥の細道」の出発点となった千住を散策(徒歩で!)してみました。

1.芭蕉記念館

都営新宿線「森下駅」で下車し、隅田川沿いに南下すると右手に「芭蕉記念館」があります。ここには松尾芭蕉に関するいろいろな資料が展示されており、 また近辺の案内図も掲示されているので出発点には最適だと思います。記念館の玄関では芭蕉の像がお出迎えです。ここでじっくりと情報を仕入れ、ルートを確認して計画を立ててください。 前庭の句碑を見た後、隅田川の堤防沿いに出て芭蕉稲荷神社へと向います。

2.芭蕉稲荷神社

小名木川が隅田川に注ぐ川辺に「芭蕉記念館分館」があり、公園も作られています。階段を登った公園では松尾芭蕉の座像が静かに隅田川の流れを見つめています。 公園の階段を下るとすぐ右手に赤い鳥居と幟が目立つ「芭蕉稲荷神社」があります。ここは芭蕉が深川での住居としていたところで、神社の祠のすぐ横には「芭蕉庵跡」の石碑が建てられています。 石碑の前には蛙の石像が置かれていましたが何故でしょうか?・・・・。
小名木川に架かる万年橋を渡って清澄公園の手前を左折し「深川江戸資料館」へと向います。ここは芭蕉との関係はありませんが、江戸時代の深川の町並みが再現されており、当時の生活を垣間見ることができます。
資料館を出て仙台掘川に架かる海辺橋の南西詰に芭蕉が旅立ち前に移ったという「採茶庵跡」の石碑があるそうですが、私が訪れた時はあいにくと道路工事中のため見つけることは出来ませんでした。

3.千住大橋近辺

京成本線・千住大橋駅で下車し、日光街道(国道4号線)を南下すると千住大橋の北西詰に足立区立大橋公園があります。ここには「矢立初の碑」が建立されており、深川から舟で隅田川を上って来た芭蕉一行が上陸して別れを惜しんだところといわれています。 ここには「おくのほそ道行程図」も建てられており、芭蕉が旅した全行程を知ることができます。
千住大橋を渡って更に南下すると、千住大橋バス停の近くに「素盞雄(すさのう)神社」がありますが、ここには文政3年(1820年)に建てられた芭蕉の句碑があり、その下部には芭蕉の坐像が彫られています。

□思い出のスナップ

鎌倉・東慶寺(縁切寺) 鎌倉・浄智寺 鎌倉・名月院(あじさい寺)

極楽寺 源氏山山頂